「見たい部分が見えない」「歪んで見える」というような悩みの対処法のひとつとして、偏心視という方法があります。今回は、加齢黄斑変性をはじめ、さまざまな眼疾患の治療にあたっておられる井上眼科病院の医師、鶴岡三惠子先生(写真)と視能訓練士の石井祐子先生に、偏心視とその訓練法についてお話を伺いました。
――まず、加齢黄斑変性の眼の状態について説明していただけますか。
石井:私たちの網膜(眼の中の奥にあるカメラのフィルムに相当する組織)は、中心部分ではよく見えますが、周辺ではあまりよい視力が得られないという特徴があります。網膜の中心に位置する黄斑は周辺部に比べて視機能が高く、さらに黄斑のなかでも、中央に位置する中心窩という部分が、感度、解像度ともに最も高くなっています。中心窩から少しずれるだけで、視力は各段に低下します(図1)。

小林義治ほか編:視能学 第3版, 文光堂, 東京, pp.442, 2022より改変
黄斑変性では、黄斑にさまざまな異常をきたし、視野の中心部分が暗くなったり、ゆがんで見えたりします(図2、3)。

見ようとする部位の正面が左側から消えてしまう。見ようとする右側は問題なく見える。
石井祐子先生ご提供データより作成
――黄斑変性によって見にくくなったときの対処方法のひとつとして偏心視がありますが、どのようなものですか。
石井:黄斑変性によって、本来ならば最も感度と解像度の高いはずの中心窩周辺の機能が低下し、見ようとするところが消えてしまうなどの異常が起きた場合に、網膜のなかで相対的に感度がよく、広さがある領域(偏心視域:PRL)を使って物を見ていることを「偏心視」といいます。中心窩は依然として存在していて、見ようとする機能を失ったわけではありませんが、意識して別の領域を使って物を見ている状態です。
――偏心視を獲得するために必要なことは何でしょうか。
鶴岡:合理的に偏心視を行うためには、まずご自身の見え方を正しく知っていただくことが大切だと考えています。眼科では、アムスラーチャート、時計、対面した人の鼻などを見たときの視野をチェックします。特に加齢黄斑変性では、感度が高い領域がぽつぽつと点在していて使える領域が複数ある場合もあります。

左側の視野が欠けている。
石井:眼科では、どのような角度でどれぐらい視線を動かしたら見やすいかのアドバイスをすることができます(図4)。複数の領域を条件によって使い分けている人もおられます。

(左)視覚1°は60cmで約1cm、30cmで約5mmに相当する。
(右)見たい対象に合わせて網膜の感度のよい領域(アムスラーチャートの濃い黄色の部分)を移動すると見やすくなる。この場合、見えていない方向に3~4°、つまり、左方向に、30cmあたり2cmの割合で視線を移動させると見やすくなる。
一方、中心の見えない部分や歪みが広範囲に発生している場合には、偏心視はあまり有効ではないので、ほかの改善方法をご提案します。
――眼科で訓練を受けることができますか。
鶴岡:偏心視をしようとして視線を動かしすぎてしまったり、姿勢が悪くなってしまったりなど、癖のある見方をしてしまう場合には、合理的な見え方ができるよう視能訓練士がお手伝いをしますが、一般的には、専門家によるトレーニングを必要とすることは少なく、なんとか見ようと工夫しているうちに自然に偏心視を獲得する方がほとんどです。むしろ、時間を決めてトレーニングを受けるよりは、患者さんご本人が自分の視野を自覚し、日々の生活の中で、自主練習するほうが効果的なように思います。
――自主練習とはどのように行うのでしょうか。
石井:例えば、テレビを見るとき、外を歩くとき、人と会うときなど、日常生活のあらゆる場面を活用して、偏心領域を使った見方を試し、もっとも見やすい見方(視線を動かす方向や程度、角度)を見つけていくというものです。自分にとって見やすい偏心領域を把握し、その領域を使ってみる方法を繰り返し練習して習慣化していく方法です。
偏心視を獲得するための8つの自主練習
- 対象物をまっすぐに見て、左、右、上、下などに視線を動かし、最もよく見える場所(偏心視域)を見つける。このとき、頭を動かさず、視線だけを動かすこと。
- 引き出し、クローゼット、本棚などを見るとき、目を遠ざけて、中の物がよく見える偏心視域を見つける。この練習を繰り返し行う。
- 道を歩いているときに、前に何があるか確認するために左から右にスキャンする習慣を身につける。横断歩道の信号の識別、周辺の車の動きなどを捉えるようにする。
- 偏心視域を使って、道路や建物にある看板(店名の看板、トイレ、出入口の案内など)を識別する。
- 人と向き合って話すとき、視線を動かして、相手の顔がよく見える偏心視域を見つける。
- 居間でテレビを見るときやiPadなどのタブレットを見るとき、視線を動かし、偏心視域で見る訓練をする。
- 部屋に入る時は、偏心視域を使って、家具の位置や障害物を確認する。
- 衣服やインテリア、自然の中の散歩や花束を眺めることなどでより鮮やかな色に触れる
Ophthalmic Edge 「8 WAYS TO PRACTICE ECCENTRIC VIEWING」
https://ophthalmicedge.org/patient/eccentric-viewing-for-macula-patients/
より改変(QLifeによる意訳)
――偏心視は読書など手元の文字を見る場合にも有効ですか?
石井:患者さんの眼の状態によって一概にはいえませんが、文字を読むことに関しては、対象物に近づいたり、拡大鏡や拡大コピー、拡大読書鏡などを使って文字を拡大したりする方法のほうが適していることが少なくありません。文字をどれぐらい拡大するかについては、視力だけでは判断できないので、眼科で実際に読書パフォーマンスを測って眼科医のアドバイスを受けることをお勧めします。
――最後に、患者さんへのメッセージをお願いします。
鶴岡:偏心視は有効な方法ではありますが、まずはきちんと治療を受けて、視機能を維持することが基本です。特に加齢黄斑変性は症状に応じた治療法がある病気ですので、定期的な受診が大切です。医療従事者は、診断や治療だけではなく、日常生活のアドバイスから支援制度の紹介まで、患者さんが病気と向き合ううえでできる限りのお手伝いをさせていただきますので、遠慮なくご相談ください。
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